やまた幼稚園

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2018/03/20

子育てで自分自身を「生き直す」

2018年3月特別便の園だよりをお伝えします。

ご卒園おめでとうございます

卒園児およびご家族の皆様、本日はご卒園まことにおめでとうございます。お子さんと共に過ごして来た6年余りの日々が、きっと走馬灯のように皆様の脳裏を駆け巡ったことでしょう。

その中には、嬉しいこともたくさんあれば、辛い、苦しいこともまた、たくさんおありだったと思います。これから先も、子どもがいる限り、ずっと苦労は続くのかもしれません。私の友人などは「子どもたちは30歳を過ぎたけど、まだ色々大変だよ」とこぼしていました。

年を追うごとに、それまでとは違う悩みが生まれてくるものなのですね。それでも、苦労や悩みを上回る大きな喜びを子どもがもたらしてくれることも、また事実なのだと思います。

いずれ取って外される「しつけ糸」

さて、乳幼児を抱える親は皆、食事や排泄、挨拶など様々な基本的生活習慣を子が身につけられるよう、小さいうちからしつけを行います。「しつけ」という言葉には、ここでの礼儀作法の意味と共に、裁縫でいうところの本縫いを正確に、綺麗にするため、予めざっと縫い合わせておくとの意味があります。このしつけの糸は、いずれ取って外されることが前提になっています。

同じように、親が子に対して行うしつけも、最終的には子どもを本人の自律に委ね、外的強制力を取り外すことが、そのねらいとなっているのです。

子どもが育つ過程で、自分に対する自信と誇りを持つようになるにつれ、しつけ糸が不要なものになっていくのです。我が子を自律に向けて育てようとする親の態度と、子どもの持っている力が結びつくことで、親と子の共同作業としてのしつけが可能になるということです。この時、親と子は人間同士、自己をさらけ出しぶつけ合います。

親も本気で腹を立て、涙をこぼして叱りつけることもあるでしょう。

しかし同時に、親の望んでいるような姿に自分がなり得ていないことに対し、子どもは子どもなりに苦しんでいるということも忘れてはなりません。子どもは大人の期待に応えようとする存在であり、本当に親孝行なのだと言えます。

母と子は「微妙に照らしあう」

私達は、理解しにくい子どもの成長に目を向け、共に喜ぶことが必要なのです。私自身、思春期真っ最中で反発ばかりの娘を抱え、どのように向き合ったら良いのかと葛藤の毎日を送っています。思いがすれ違うこともしばしばですし、娘の方はすぐに吹っ切れた様子でも、私の方がいつまでもモヤモヤとした思いを引きずっていることも稀ではありません。

思えば、私が感じている苦しみや悲しみなどは、自分が反抗期だった頃に抱えていた抑えきれない反発心や、それを受けて悲しい気持ちになっていた母の思いというものも、我がものとして同時に感じているからこそ余計に辛いのであり、娘の態度に対して私が過剰に反応してしまっているのかもしれません。

娘を通して、若かった頃の自分の言動を振り返り、辛かったであろう当時の母の気持ちも受け止め、その上で冷静に娘と向き合うことが、私の今の課題です。

小児科医の渡辺久子先生は著書『子育て支援と世代間伝達母子相互作用と心のケア』(金剛出版)の中で

「乳幼児期に触れた親の不幸な世界を、自分が親になって我が子に伝達するというのが心の世代間伝達である。」

と述べています。

自分の体験した親子関係を、無意識的に自分の子どもとの関係に持ち込んでしまう。子どもの言動や反応が、自分の子ども時代の無意識的な記憶や非言語的コミュニケーションを強く刺激して蘇らせてしまう。蘇ってきた育て方の記憶や情動表現が、無意識的に子どもに向けられ、再び繰り返される。母と子は「微妙に照らしあう」関係なのだ、と。

子育てで自分自身を「生き直す」

我が身を振り返るにつけても、母親が自己の問題に気づき、自分自身を見つめ直す機会を持てるようにサポートすることが、幼稚園や社会に求められている気がします。

私たちは、反省を繰り返しながら、子どもと共に親として成長していく、つまり子育てにより自分自身を「生き直す」のです。人間の学びや成長は、このように一生続くものなのだと思います。

園長 栗原弥生

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