やまた幼稚園

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2017/10/02

それぞれの葛藤、やまたの保育

2017年10月の園だよりをお伝えします。

夏も終わりを迎え、そろそろ秋の風が吹くようになってきました。秋には「◯◯の秋」というフレーズがありますが、皆さんは◯◯に何を当てはめますか。食欲?スポーツ?芸術?私にとっては「読書の秋」ですが、基本的に本の虫なので秋だけに限らないかもしれません。それぞれの秋に、豊かな収穫があるよう願っています。

保育とは、幼児の内面的願望を、実現できるように援助すること

今月もまた、園だよりの締め切りがやってきました。さて、何を書こうか、と毎月考えるのです。お伝えしたいことや、自分の中でずっと温めて熟成したものがある時は、すぐに仕上げることもできます。そのような時は、あまり考えなくても書いているうちに構成が決まってきて、字数もぴったり、まるで何かが天から降ってきたかのように、あっという間に原稿が完成しているのです。ところが、書けない時はウンウン唸っても書けないのです(例えば今月)。

先週は、玉川大学の仲間で自費出版しようと企画している本の原稿の締め切りもあり、私の割り当てはたかだか3,000字程度なのですが、脱稿まで非常に苦労しました。5月から分かっていたことなのに、ギリギリまで手をつけなかった自分が悪いのです。世の中には、新聞に毎週コラムを連載している方がいますが、あのような方々は一体どのようにして毎週の締め切りに間に合わせているのだろうと不思議に思ってしまいます。今の私の4倍のペースで仕事をこなしているなんて、私には新聞の連載は無理、と心配する必要もないことをあれこれ悩んだりして、そんなことを考えているなら園だよりを書きなさい、私。

何かを書こうとする時には、まず仕込みが肝心です。今月はインプット用にとりあえず本を5冊読んでみましたが、どれもピンと来るものがありませんでした。5冊の中には、大学の教科書に指定されているものもあります。単位のための学習が園だよりのネタになる場合もあるのですが、残念なことに今回はそうはいきませんでした。そもそも今月の5冊は、あまり面白みが感じられないけれども必要があって読んだものです。決まりだから、とか、やらなければならないから、という理由で、ワクワクする気持ちもなく取り組んだものは、自分の血や肉となるような学びにはならないことがよくわかりました。

これは幼児教育においても当てはまる話ではないかと、ふと思いました。みんながやるから仕方なく自分もやる、とか、そういう決まりになっているからやる、というのは、子どもにとって何の意味も持たないというのと同じです。

面白そう、やってみたい、何だろう?と子どもの心が動いて、それが子どもの行為となって現れ、その現象に興味を持ってまたある行為を起こす。このワクワクすることの繰り返しが学びにつながっていくのでしょう。大人も子どもも一緒だと思うことはもう一つあります。それは、内面に表現すべき何ものかが育っていないと、表面には現れてこない、というか表しようがないということです。

まずなすべきは、内面を豊かに育てること、ここから全てが始まると言って良いのではないでしょうか。早く、もっと、など周りがいくらせっついて、何かをさせようとしても、それが自らの意思で自発的な行為として起こったものでない限り、当人の止むに止まれぬ表現ではなく、やらされたものに過ぎず、表面的な薄っぺらいものに終わるのです。

先月リニューアルした当園HPにおいて、私は同じようなことを訴えていることに気づき、ここにご紹介して筆を置きたいと思います。

「私たちが大切にしている子どもの遊びというものは、子どもの非常に直接的で素朴な表現です。豊かな表現は、まず子どもに豊かな内面が育ち、子どもが主体的に何かに取り組むことで生まれてきます。大人は、子どもの内面を探り、今どのようなことに興味関心があり、どんなことを達成したいと願っているのかを理解していなければなりません。保育とは、幼児の内面的願望を、実現できるように援助することです。遊びを通して子どもは育っていきます。それは、人間形成の手段なのです。」

<編集後記>子どもの世界、それぞれの葛藤

幼稚園では毎日、子どものいろいろな葛藤場面に出くわします。いつもやんちゃな男の子が、今日は一人で涙を流しているところを発見。「何か嫌なことあったの?」と声をかけました。「だってさ、登り棒ができないから先生を呼んでって頼んだのに、誰も呼んできてくれないんだもん」「それなら、先生が手伝ってあげるよ、今やってみようよ」「今はいい。落ち着いたらまたやるからいい」しばらくして、彼は一人でまた登り棒との格闘を始めていました。

悔しい気持ちを自分で整理して再びチャレンジするその姿は、とても逞しく見えました。彼にとって、この経験はきっと大きな力になると感じました。

園庭を歩いていると、アイドル活動をしているグループの一人A子から「今から公演するから見て」とのお誘いが。

A子「あれ?Mちゃんがいない」園庭を見渡すと、そのMちゃんは泣いている年中児の側で心配そうに佇んでいます。

M子「だってさ、泣いてる人を助けるほうが大事だもん」

K子「悲しんでる人を歌で喜ばせなきゃ」

M子「でも泣いてるのに、放っておくのは良くない」

A子「あぁもう、またトラブル。うちら、いっつも喧嘩になる」どうやらまた揉めてしまったようです。

実はこのグループ、毎日喧嘩をしていて、喧嘩が原因で一度解散しているのです。また解散の危機でしょうか。意見の食い違いをどう乗り越えるか、そしてこのグループが今後どのような活動を展開していくか、見ものです。

園長 栗原弥生

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