やまた幼稚園

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園だより

2018/12/05

子どもの「知の再構築」について

2016年9月の園だよりをお伝えします。

皆さま、夏休みはどのように過ごされましたでしょうか。子どもたちは、真っ黒に日焼けした子や背がグンと伸びた子、歯が抜けた子など、充実した夏休みを過ごして成長した様子が見られました。泣いている子も数名いましたが、泣きつつも自分のことはしっかりと自分でできているところに、4月からの大きな成長が見られます。特に、5歳児は見た目もたくましく、小さい子への関わり方も板について、本当に年長児らしくなってきましたね。素晴らしいことです。子どもたちが今学期またどんな成長を見せてくれるのか、実に楽しみです。

7月末、横浜市こども青少年局・横浜市教育委員会が主催する幼保小教育連携研修会に参加し、「『学びに向かう力』の育成を通して、育ちと学びをつなぐ」というテーマで、上智大学の奈須正裕先生のご講演を聞きました。そこでの話は私が所属している学習会の中心となるテーマ、「知の再構築」と繋がるものがあり、大変興味深い内容でした。

皆さんは、「子どもの学び」ということについてどんなイメージを持っていらっしゃるでしょうか。子どもが学ぶ=学校などで教科学習をする、と捉えることが多いと思います。しかし、遊んでいるだけのように見える幼稚園生活であっても、そこにたくさんの学びが含まれていることにお気付きの方は少ないかもしれません。実は、子どもの学びは毎日の生活の中にたくさん転がっているのです。今回紹介された事例は次のようなものでした。ある子が鉄棒に足を引っ掛けた逆さまの状態で、五郎丸のポーズをする。それを見た子ども達が次々に真似っこをし、その遊びは「忍法五郎丸」と命名される。次第に「忍法グルグル回り」「忍法分身回り」などのいろいろな鉄棒の技が生み出されていく。鉄棒ができなかった子も、みんなで取り組む中で苦手が克服され、遊びが広がり、全体の技術が上達していく、というものです。

これは、 自分の持っている知識(五郎丸のポーズ)を身近なもの(鉄棒での遊び)に引き寄せて、子どもが自分の世界を再構築した非常にわかりやすい事例です。まさに「知の再構築」「人格化された知」と言われるものに繋がります。これは立派な学びであり、子どもの時にこのような遊びをたくさん経験することが、「学びに向かう力」を育てることになるのだそうです。

幼稚園の生活では、身の回りの全てのことにおいて、「良い問いを抱く」「それを考え抜く」そして「自己発揮する」経験をたくさん積むことが大事です。遊びを通して、疑問を抱き、考え、そして自分らしさを表現するのが幼児の生活の中心であり、その手段として用いられるのが「遊び」です。それと比較して小学校での学びというのは、学習指導要領に書かれている教科ごとの学習内容を、正確に理解・再現できる能力を育てることで、幼稚園における学びと全く正反対のものと思われるかもしれません。しかし、本当の学習というものは、「どのような問いの持ち方をすると世界と関われるのか、世界が広がっていくのか」つまり、教科の本質となる、ものの見方や考え方を教科ごとに学ぶものであって、単に正しい答えの出し方を学ぶものでは決してないのだということです。幼稚園児が遊びの中で身につけている力、すなわち疑問を抱き、考え、そして自己発揮する力、子どもが自らの暮らしを生み出す力が、そのまま教科学習に繋がっていくのです。こういった本質は見落とされがちかもしれませんが、このような学びを通じて人は人になっていくのではないかと思うのです。人は初めから完成しているのではなく、知ること、学ぶことをとおして人になっていくのだとすれば、反対に学ぶことをやめた瞬間から非人間化していくのです。人が人であるために、学びに向かう力をつけさせたいならば、幼児期にたくさん遊ぶことの重要性を私たち大人は十分に理解しなければなりません。

参考文献

里見実『学校でこそできることとは、なんだろうか』太郎次郎社エディタス

園長 栗原弥生

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